プロローグ

(東京の満員電車、強烈…だけど、ついに刑事になれるんだ!)

私は期待に胸を膨らませながら、息苦しい車内に耐えて電車に揺られる。
地元・長野の交番で3年間巡査として勤務。県警の刑事を目指していたものの全くチャンスがなく、諦めかけていた。でも…。

(まさか、卒業すれば警察庁の刑事になれる警察学校が新しくできたなんて)

ある日、上司である県警の警部が突然推薦してくれた。

(刑事課の空きはないか聞き続けた甲斐があったな)

電車は駅に着き、車内からは人が少し減る。その時、不審な人物に気が付いた。ジャンパーを着た男がつり革につかまる男性の後ろにぴったりとくっついている。気をつけて見ていると…。

(あの人今、男の人の財布をスッた!)

私「そちらの男性から財布を盗りましたよね?次の駅で降りてもらえますか?」
男「だ、黙れ!俺に近寄るな!」

男はポケットから小型のナイフを取り出した。

私「皆さん、その人から離れてください!」

(東京に来ていきなりこんな事件にぶつかるなんて…)

男がこちらに突っ込んできた。咄嗟に持っていたカバンを前に抱えた時、目の前に大きな背中が飛び込んできた。突如現れたスーツ姿の男性は無駄のない動きで窃盗犯の腕をつかみ、ナイフを叩き落とす。男を後ろ手に拘束すると、その手首に手錠をかけた。

(この人、警察官…?流れるような動き…すごい…!)

スーツの男性「素人が無理をするな」
私「あ、あの、私も警…」
メガネの男性「単独犯か?」
スーツの男性「ええ、常習犯でしょう」

(スーツの人の同僚?何かの捜査中だったのかな…)

メガネの男性のもとにもう1人男性が近寄ってくる。

不機嫌な男性「そんなコソ泥に構ってる場合か」
メガネの男性「車内で刃物を持ち出したんだ。仕方あるまい」

不機嫌な男性はそのまま電車を降り、窃盗犯を連行していく。ものの数十秒、あっという間の出来事だった。


突然遭遇した事件に驚きつつも、あらためて刑事への憧れが募る。学校に到着した私はさらに期待に胸を膨らませた。

(すごい…!こんなに新しくて大きな建物なんだ…!)

受付を済ませ、入校式が行われる体育館に向かった私は隣の会話に耳を傾ける。

「キャリア組しか申し込みはないって聞いてたけど、意外といるな」
「警察内部でも選ばれた人間しか入れない学校だとは聞いていたが、ここから落としていくんだろう」

キャリア組?選ばれた人間?私は面食らう。

(キャリア組ってことは国家公務員の人しか申し込み資格がないってこと?それじゃ地方公務員の私がどうして…)

「この中から何人くらい公安課に行けるんだろうな」
「公安課の刑事を育てるための警察学校なんて前例がない上に、この人数で競うわけだからな。とにかくやれることをやるしかない」

(公安課!?って、警察庁のエリート集団だよね?警部からは、卒業すれば刑事になれる学校ができたから行ってみるかって言われたけど…それ以外のこと全然聞いてなかった…)

そこで私は一つの可能性に思い当る。

(ひょっとして私、無理にねじ込んでもらったのかな?警部が私の経歴を改ざんしたり、何かコネを使ったり、そうやってここに来させてくれたんじゃ…それってでも、裏口入学みたいなことになるのかな?)

理解できないことの連続に固まっていると、入校式が始まった。厳格で重苦しい雰囲気の中、教官たちが壇上に上がってくる。

(えっ…あ、あの人たち、電車の中で会った刑事さん!)

壇上のマイクの前には、電車で終始不機嫌な顔をしていた男性が立った。

不機嫌な男性「公安課加賀班班長、加賀兵吾だ」
加賀「俺たちは通常任務をこなしながらお前らを指導する。よって甘ったれたクズを指導する余裕はない。成長の見込みがない奴は切り落とす。以上」

その圧倒的な存在感に、体育館はシン…と静まりかえる。加賀教官の次に、電車で会ったメガネの男性が前に出る。

石神「公安課石神班班長、石神だ。この学校は優秀な公安捜査員を養成するための施設だ。大規模テロや外事犯罪に対抗できる強い警察組織を作れるよう、各人尽力してもらいたい」

石神教官に続いて、刃物男を取り押さえたスーツの男性がマイクの前に立つ。

後藤「石神班、後藤だ。階級は警部補、よろしく」

続けて優しい雰囲気の男性が話す。

颯馬「ふふ、短い挨拶だな。後藤らしい。初めまして、同じく石神班の颯馬周介(そうましゅうすけ)です。階級は警部。皆と一緒に成長していければと思ってます。よろしく」

颯馬教官のあとに出てきたのは、かなり若い人だった。

歩「加賀班の東雲歩(しののめあゆむ)、階級は警部補です。よろしく」
石神「では、これで入校式は終了する。新入生は校庭に移動するように」

体育館から校庭に移動しようとすると、ちょうど石神教官を見つけた。

私「石神教官!あの…っ、今朝は電車の中でありがとうございました」
石神「君は…」

石神教官は私を見つめて軽くメガネを押し上げると、直後その目は厳しいものに変わった。

石神「警察官だったのか。一般人を危険に巻き込むやり方は刑事として恥ずべき行為だ。乗客を人質にとられたらどうするつもりだった」

石神教官の言うことはもっともで返す言葉もない。

歩「あ、今朝の件はキミだったんだ。兵吾さんには見つからない方がいいだろうなぁ。あの騒ぎのせいで追ってた獲物を逃がしたってご立腹だったから」
石神「その話はあとだ。早く校庭に移動しろ」


私は急いで校庭へと向かう。校庭では既に教官たちが待ち構えていた。

石神「それでは最初の訓練を始める。教官と二人一組のペアで行う。指示された場所に潜入捜査しろ。ペアは今回の書類審査で上位だったものから決めてもらう。1番は…」

石神教官が名前を呼ぶ。それは紛れもなく私だった。あまりに唐突な事態に思わず声を上げる。

私「え!?」

(私が書類審査で1番なんて有り得ない…この間まで田舎の交番勤務だったのに…絶対警部の仕業だ…!)

今朝の電車での失敗を知っているからか、石神教官は不審そうな顔で私の方を見ている。

石神「誰と組むか決めろ」

(…とりあえず今は訓練に集中しないと。ペアでの潜入捜査か…私が選ぶのは…)

私は加賀教官に目を留める。

(一番怖そうな人だけど、代表で挨拶もしてたし、この中では能力もトップなのかも。きっと勉強できることも多いはず…!)

私「加賀教官、お願いします!」
歩「はは、兵吾さんを1位指名とはやるね。さすが首席ちゃん」

東雲教官が茶化している間も、加賀教官は値踏みするような目で私をつま先から頭まで眺める。

(や、やっぱり別の人にした方がよかった…かも)

石神「加賀、お前はこの人物を追え」

捜査資料を受け取った加賀教官は私にそれを押し付ける。

加賀「女、中は見るなよ」
石神「わかっているとは思うが…」
加賀「百も承知だ」
石神「まだ何も言っていない」
加賀「お前の会話パターンは聞き飽きてる」

(険悪な雰囲気…この二人は仲が悪いのかな…?)

加賀教官はスーツのポケットから煙草を取り出しながら睨む。

加賀「何を突っ立ってる。来い」

(勇気を出して選んだけど、この人じゃなかったかも…)

私は少し後悔しながら、小走りで教官を追った。
これから一体、どうなってしまうんだろう…?

本編へ続く