あなたは今、警視庁の前にいる。

・・・・・まず、建物の貫禄が違う。

こんなところに異動なんて、なにかの間違いじゃ・・・、しかし辞令は辞令、勇気を出して玄関へ向かう。入口を通るのも勇気が要る。その場でつい立ち止まり、一度引き返そうと振り返る。と、目の前に立っていた、三つ揃いのスーツをきちんと着た男性が、あなたの頭のてっぺんからつま先まで素早く視線を動かして言った。

「警視庁へ、なにか御用ですか・・・?」

不審がられている。

「観光ですか? 皇居ならこっち、有楽町や銀座はあっち、国会議事堂はそっち。わかった?」

にこりともせず、指をさして教えてくれる。その目力に押され、思わず後ろへ一歩下がる。

「じゃ。気をつけて」

警視庁の刑事だろうか。正統派エリートという感じだ。などと考えながら、入口に向かう後ろ姿をぼんやり見送っていると、男性がくるりと振り返って、

「早く行きな。不審者だと思われるよ。少なくとも俺はそう思った」

そう言い残し、さっさと警視庁内へ入って行く。

不審者扱いされたことで、迷っていた気持ちが吹っ切れた。

自分は、刑事なのだ! 警視庁くらい、堂々と入っていける!


そう勢い込んで入った警視庁本庁、エントランスホール。

行き交う人たちの目つきが、明らかに鋭い。みんな“ザ・刑事”という感じだ。不審がられないように周りをキョロキョロ気にして歩く姿は、余計不審だっただろう。・・・こんな中でやっていけるのだろうか・・・、と不安がよぎった瞬間、

ドンッ!

と、誰かにぶつかってしまった。咄嗟に謝ると、男性が見下ろしている。かなり背が高い。表情はないが、端正な顔立ちだとすぐわかる。大きなあくびをし、眠そうな顔をこっちに向けると、あなたの存在に今初めて気付いたような顔をして、

「ん・・・なに?」

と言った。

そこに、別の男性、いや、男の子っぽい人がやってきた。

「修介さん、おはようございまーす! あ、女の子だ! 珍しい!! 見たことない顔だけどキミも警視庁の人?」

ニコニコと屈託のない笑顔がかわいい。お堅い警視庁にも、茶髪でTシャツ出勤なんて人がいることに驚く。今日から本庁勤務であることを伝えると、急に真正面に回り込んで、彼が言った。
「あれ、キミ!? ・・・キミ、あれだね、あれに似てるね。なんだっけ、あれだよ、あれ。えーっと、カピバラ!!」

・・・・・喜ぶべきか、怒るべきか。

「ねぇ、修介さん、似てると思いませんかー?」

「・・・・・どっちでもいい。眠い」

そこへ通りかかったメガネの男が声を掛けてきた。

「あれ、みなさん。こんな所にいたら会議に遅れますよ?」

「あ、克之さん! ねぇねぇこの子、カピバラに似てると思いませんか?」

「・・・・・4点」

「でた。克之さんの女子採点!」

「会議に遅れてしまいます。行きましょう」

「4点って、なかなかだよカピバラちゃん! じゃあね!」

「・・・眠い」

3人はあっという間に行ってしまった。

カピバラ・・・。4点・・・・。何点満点・・・?


モヤモヤを抱えたまま乗り込んだエレベーター。

特命課のある7階を押し、『閉』ボタンを押すと、

ガッ!

と、誰かがドアを掴んだ

「俺を挟む気か!」

と言い、携帯電話を片手に乗り込んできた、背の高い、ワイルドそうな男性。

「ちゃんと見とけ! ガサツな女やな」

ジロリと睨みつけられる。

「お! おおおー!? よっしゃー!」

携帯の画面に目を落とした男性は急に興奮し始め、なぜかグイッと右手を差し出してきた。

「勝ったで! 握手!」

勢いに押されて右手を出したあなたの手がぶるんぶるんと振られる。

「ありがとう!ありがとう! 阪神、これで勝ち越しや!」

野球の話だろうか・・・。考える間もなく、ポーンとエレベーターが7階に到着する。

「いやあ、今日はいいことありそうや!」

そう言って、大股で意気揚々と歩き去った男。

ここ、本当に警視庁・・・?

そんな不安とモヤモヤと不審者感丸出しで廊下を進み、『特命二課』と書かれたドアをノックする。

中から返事はない。

もう一度。

反応はない。

仕方なく、その部屋のドアを開けようとした、その時、

ゴンッ!

と中からドアが開いて、思い切りオデコをぶつけてしまった。


「お?すまん、すまん。うちに何か用・・・、ああ、例の新人か。野村から話は聞いてる。おーいお前ら。今日から仲間入りする新人だぞー」

そう、部屋の中に向かって声をかけると、5人の男性が一斉に振り返った。

「あれ?さっきの不審者」

「カピバラちゃん?」

「4点?」

「ガサツ女か?」

「・・・眠い」

口々に言う。みな、先程会った、刑事らしさをまったく感じなかった面々だった・・・。一応、自己紹介する。警視庁勤務は初めてで緊張していることも付け加えると、

「・・・え、緊張しとるんか?」

「ただの不審者にしか見えないけどな」

「点数稼ぎの、私か弱いんですアピールでは?」

「ぶりっこしてるってこと?? カピバラちゃんが!?」

「・・・・・眠い」

出会った初日に全員変わり者だと判明。

「うるせーな。いちいち全員でしゃべんなよ!」

と、笑いながら突っ込んだ彼は、

「俺は桐沢洋(きりさわひろし)。特命二課、課長だ」

「俺たちのボス。俺は花井一沙(はないかずさ)。あんた、不審者でも観光客でもなくて、刑事だったとはね」

「俺は天王寺豊(てんのうじゆたか)や。嫌いなものはジャイアンツ、それとガサツな女(笑)」

「僕は八千草瑛希(やちぐさえいき)。本拠地はニューヨーク市警で、今は警視庁に研修にきてます!」

「私は京橋克之(きょうばしかつゆき)です。そしてこちらが、ほらほら、浅野さん」

京橋が、さっさと自分の席に戻ろうとしていた男性を呼び戻す。エレベーター前でぶつかってしまった男性だ。

「・・・浅野修介(あさのしゅうすけ)」

名乗りだけ・・・。

「気にすんな。こいつはいつもこんなペースだ」

そうフォローする桐沢。

「今日から、よろしくお願いします!!」

と、元気よく挨拶してみたのだが、どうも反応が薄い。桐沢もそれを察したのか、

「お前ら、リアクション薄くねーか?(笑)」

と和ますように言う。

「ボス。・・・この子は、本当に刑事なんでしょうか? どこからどう見ても、刑事には見えませんよ?」

不審者にしか見えないとでも言いたげだ。

「ウチに異動って、何でやろな。射撃がごっつ上手いとか、爆弾処理がメチャ速いとか。なんかえらい特技でも持っとるんか? どんな理由があるんやろ?」

「んー、知らん」

し、知らないのか・・・。

その時――、内線電話が高らかに鳴り響いた。

「はい特命二課」

咄嗟に受話器を上げた桐沢の表情が変わる。

「・・・了解」

そう言って受話器を置くと、鋭い視線で一同を見据えた。

さきほどまでの緩やかな空気が一変する。

「タレコミがあった。麻薬取引だ」

引き締まった室内に、桐沢の、通る声が響く。

「捜査会議を始める!」

本編へ続く